腐女子言端の内と外

腐女子腐男子関連彼是

二千字小説

にせものがたり・冬
              XQO


 差出人知らずの葉書が不意に舞い込んだ。
 葉書と言っても消印は無い。切手を貼って
いない絵葉書だ。絵柄は誰やらの描いたリト
グラフらしい。展示会と称してポスターを売
りつける会場で配られている様なアレだ。
 文面には鏡文字でただ一行。


  今ただ独り


 とだけあった。
 差出人知らず、とは言うもののこう言う文
を送りつける相手に心当たりがない訳ではな
い。が、返事を出して絡まれるのも億劫なの
で捨て置く事にした。こちらの居場所は変わ
って居ないのだから、なにかあれば言ってく
るだろう。郵便配達の手を煩わせず、と言う
所に何とも言えないものを感じはするが。
 ただ、これだけは思う。何を今更、と。


 そして二通目が舞い込んだ。
 今回も同じ作者の絵葉書でただ一行の鏡文
字。


  想い帰るも


 愛想も尽きるとはこう言う事か、と身を以
って知る。自分の都合を振りかざしてこちら
にも時を戻す事を要求しようと言うのか。全
くもって巫山戯ている。と、同時に哀れみが
湧かないでもない。捨てた相手にこう言う形
で縋りつく其の心根に対し。
 心得の無い若道に引き摺りこんで振り回し
て染め尽くして、挙句先に心を変えて僕を捨
てたのはあの人の方。その捨てた理由も全く
理不尽な世間体への思い込み故。
 世間体に対する対処なら遣ろうと思えば幾
らでも穏便に出来るだろうに。覆水の様に捨
てられた思いを全く綺麗なままで取戻せると
でも思って…いるんだろうな。
 その心根が見えた以上、返歌を認めようと
言う気持は欠片さえも無くなった。ただ冷た
く、どう言う未練を三十一文字に込めるのか
見届けるとしようか。無理矢理にでもそう言
う暗い娯楽に仕立てねば見ていられない遣る
瀬無さがあるから。


 そう思っていた矢先、不意に気配が途切れ
た。下の句七七が届く時には何とも言えない
気配が漂っていた様な気がしたのだが、それ
がふっと途切れた。
 執着が切れたのか?違うだろうな。
 そして其の侭駆け足で日々は過ぎ、今年も
そろそろ終わろうとしていたそんな矢先に届
かなくて良い文は、結局又届いた。


  手放した
  想い無理矢理
  手繰り寄せ


 判っていたんじゃないかと拍子抜けする。
そして湧き上がる怒り。最後の最後まで自己
完結した恋愛ごっこで年下の男を振り回して
満足かよと、心の中で毒づいてみる。
 結局彼が僕に求めていた役割と言うのは徹
頭徹尾彼の恋愛観の引き立て役だったって事
か。対等な恋愛相手としては認識してくれな
かった訳だ。あの数々の睦言も自己完結の産
物だった訳ですねそうですか。最後の最後ま
で自己満足を貫き通せて随分とお幸せな事で
しょうね。
 そして、そう毒づきながら涙を流している
自身を認識して愕然とする。何の事は無い。
彼との関係に縛られて未練を残していたのは
僕の方だったのだ、と気付いただけの話。全
く以って無様な話だと思う。
 そう言う自分も愛しく思えてしまう様にな
ったというのがこう言う形の恋愛の齎した効
果なのだろうか。だとしたら其れは多分僕に
とって良い事だったのだろう。


 除夜の鐘を聞きながら三枚の葉書を静かに
裂く。出来るだけ細かく、鏡文字の存在が気
にならぬ程度になる様に。
 そしてそれをサラダボウルの中で燃やしな
がら僕は祈るのだ。僕を捨てたあの人の幸せ
とあの恋への執着から逃れ得る強さを持てる
様にと言う希望を。


 そして、あの人の最後の言葉は細かい灰の
欠片になって、ふわりと空気に紛れて消えた。
                 (了)
          (2005.12.31発表)

良いお年を。そして新年もよろしくお願い致します。